本
記憶の限りでは1年半ほど前に澤村伊智の比嘉姉妹シリーズをまとめ買いし一気に読んでいた。
その中で『ばくうどの悪夢』だけ文庫本ではなくハードカバーで買っていた。ハードカバーは文庫本より威圧感があり、読み始めるまでのハードルが自分は少し高く感じる。
そんな経緯で『ばくうどの悪夢』だけ手付かずで読んでいなかったが、最近本を全然読んでないなと思い立ち先週くらいに読んだ。
仕掛けがデカ過ぎてワロタと思いながら一気読みをした。相変わらず面白かった。
『ばくうどの悪夢』の余韻に浸りながら、インターネッツで比嘉姉妹シリーズを調べてると比嘉姉妹シリーズは『ととはり屋敷』と『ざんどぅまの影』という2冊が、自分が揃えていた時期からさらに刊行されていたので、そのうちの1冊『ととはり屋敷』をそのまますぐに本屋に行ってゲットして読んだ。
今週は週末から義実家に孫の顔を見せに遊びにきていたが、あいにくの雨。
元から特に外に出る予定もなかったが、義父母とこっちゃんは楽しそうにしているので孫の顔を見せに来るという目的は達成できている。暇を持て余していたので、昨日『ざんどぅまの影』を近くの本屋に買い、今日一気読みした。
短編集も面白いけど、澤村伊智はやっぱ長編の方が好き。
澤村伊智は信頼できない語り手的な叙述トリックをよく仕掛けてきて、それがなかなか絶妙。登場人物達が自分の都合の良いように事実を捻じ曲げて解釈している/してしまっている結果として信頼できない語り手の構造が成り立ってるのが、人間ってこういう所あるよなぁ…リアルだなぁ…と毎回感じる。
今日の昼頃にざんどぅまの影を読み終えたが、妻の母が最近ちょうど東野圭吾の本を3冊買っていて「これも読む?」と1冊貸してくれた。
『秘密』という小説だった。これも一気に読んでしまった。
面白かったが、読んでいてひたすらしんどいなーという気持ちが湧き続ける小説だった。
前情報なしでノリで読んでしまったが、1998年に出てる小説で東野圭吾の出世作らしい。
巻末に広末涼子のあとがきのような文章が載っていて、最初に目次を見た時になんでなんだろうなと思ったが、広末主演で映像化もされていた。全然知らなくてびっくりだったけど、映像だとどう表現されるのか気になるので今度見てみようと思う。
スマホを触ってると30分なんて一瞬で過ぎるけど、ランニングしたり本読んだりすると意外と長く感じる。
集中してフローに入り始めると一瞬で過ぎ去るのはなんでも一緒か と思いつつも、なんとなく密度が違う気がする。密度という言葉もなんか違う気もする。
スマホ、とりわけ最近のSNSやショート動画とかは集中してフローに入った状態で時間が飛ぶ訳ではないのに、一瞬で時間が過ぎ去るから変な感じがするのかな。時間が溶けてるという表現は正しく感じる。
スマホ以外のことをすると意外と時間が長いというか、短い時間でも結構色んなことできるんだなという感覚は他の作業とかしてても感じる。逆にスマホを触る時だけ時間感覚がおかしくなってるのかもしれない。
思い返すと小学生の時は10分休憩でドッジボールをしていたけれど今思うと意味が分からない時間感覚ではある。
そんな20年近く前の記憶に耽りつつ日記を書いている。
【最終結論】
読書の秋
