なんとなく見えてきたンゴ
以前日記にも書いたが、つい先月30歳というなんとなく節目っぽい歳になった。
30歳になったところで日々は変わらずに過ぎていく。別に年齢はただの数字でしかないというのも、そもそも節目と言っても勝手に作ってるだけなのも頭では理解している。
とは言うもののせっかく節目感があるタイミングだし、どことなく今までの20代までと同じようなノリで過ごしてもおもんなさそうよなぁ…というような気持ちがあった。それに加えて最近は謎の“閉塞感”もあり悶々としていた。
今朝、友達のみねの日記(「お土産ツアー」)を読んで色々話したり、義実家に向かう車を運転しながら、自分の頭を整理するよう色々喋ったりしていたら、すげーハッとした。
アハ体験みたいに、ここ直近・1年・数年の色々な出来事とかで思ってたこと・感じてた事と、ここ最近の悶々みたいなものが急に一気に繋がった感覚があった。
色々あるが、メモ程度に残しておく。
- 親父の「住めば都」感とアグレッシブさ
- ミーハーである良さ・バイタリティ
- “外”に出ていなさと停滞感
- 「閉じている」から閉塞感が生まれる
- なぜエルデンリングのやる気が全然起きなかったのか
- 人間関係・環境に対する境界の引き方のスタンスの違い
- 妻の友人が義姉の友人になり、結婚式にもいたこと
- なぜ、今まで店での注文を自分でしてこなかったのか
- 「話しかけないでくれよ」
- キホネミーという世界観
- 立て直す為のメンタルモデルと、立ち直った自分とのズレ
- 能動というトリガー
- 固定的ではなく流動的。自分も周りも常に変化している
- ライスワーク的な考え方
- 結果的に新しい友達には出会っているのかという問い
- 放流欲とホムペの開始
今の所見えている30代(序盤?)、もしくは今年一年をどう過ごしたいかのテーマ的なものがなんとなーく見えてきた感じがする。
- 閉じているか/開いているかという分類軸
- “外”度(そとど)
- 「面倒臭さ」という目印
- “今の自分の状態”に適した手札の構築
すげーなんとなくだけど、必要な物事が必要なタイミングで自分の周りに現れたり、ヒントみたいな感じで出てきている感じがめっちゃするんだよなー。
今までを振り返ると伏線みたいなものが自分のすぐ近くに散らばっていて、自分に必要なタイミングで繋がることが多い。
「なるようになってる」気がしてならない。
