サウスポーのハムスター

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積もる話が無い

雨続きだ。
毎週のように何処かが水没してて「なんじゃこら」と思ってる。


先週久々にノリとせっきーと遊んだ。小田原までドライブをしてサウナに入ってきた。
道中、アオリイカのたたきの寿司を食ったけどめっちゃ美味かった。
次アオリイカ釣ったらたたき作ってみるのありだなと思った。

目的地のサウナ自体2時間もいなかったし、渋滞も相まってほぼほぼ車の中の時間だったけどずっと喋れたからなんか良かった。
普通に友達と喋りたいだけなんだよな。原始メモを感じた。

喋った話の中に、昨今は常になんらかのサービスで繋がっていて、なんでも小分けに自分の最近を共有出来てしまうが故に「積もる話が無い」。それってどうなんだろうねという話をして、ちょっと面白かった。

積もる話がないのって確かに実際に会った時の面白さ減るよなと思った。
と言いつつ現在進行形で日記的に書いてるなう なので、積もらせてなくてワロタ


お盆以降が仕事バタバタと家族で過ごすの多くて友達と遊んでいなかったけど、友達と遊ぶ時にしか満たされない何かがある気がする。
というかそれぞれのコミュニティなのか環境ごとなのか分人ごとなのか、そういった何かしらの単位ごとの自分が満たしたい何か・その自分でいる時に満たされる何かが違う感じがする。
こういうのってその時々で何に満足してないのかを自分と話さなきゃいけないけど、分人みたいなイメージで自分を切り分けるとちょっとやりやすいかもと思った。
ちょっと面白いなと思った。前に考えてた“波”の大元ってそれかもなと思ったり。


最近同年代あたりの友達と会って話しているとかなり人生のルート分岐が激しくなってきた感覚がある。

住んでる世界がそれぞれ全然違う「友達群」との関わりが自分は割とあるけど、それぞれごとに話題も考えてることもやってることも何もかもが結構違うくてびっくりする。
友達群もそうだけど、そもそも一番身近なちーまなも全然住んでる世界・関わってる世界とか文化が違うから面白いなと思う。
カルチャーショックみたいなものが結構ある。

ただ逆にこれって特定の世界だけにいると死ぬほどバイアスがかかるの確かになぁとも思う。そういう部分で時々ゾッとすることがある。
ゾッとする必要はないんかな。バイアスかかった所で何が問題があるのか?と問われると特にないような気もする。あるような気もする。
特定の世界観に偏ると視野が狭くなる感覚はあって、そうなると色々な面で結果的に自分の息がしづらくなったり楽しめることが減ったりとか、選択の前提になる自分が見えてる世界の範囲が先細る感じはあるから嫌なのかもしれない。

40くらいになるともっと如実に違うんかな。20の前後とか20代の中盤ごろまでってみんな似たり寄ったりな状態だけど、最近はもうそれぞれで大分人生が分岐してて面白いなと思うと同時に色んな意味で難しいっすなーみたいな気持ちも感じる。

自分の持ってる手札・考え事・悩みとかを事細かく頭の中繋げて全部話せるような存在って分岐が増えるにつれ少なくなるよなぁそりゃ。みたいな。
分人ごとに積もった話と話したい相手がいるという状態なんだろうな、まあそれで良いんだろうなという感覚はある。


【今日の最終結論】
モーレツに生きることだけ考えるので良いっすね!ワロタ