サウスポーのハムスター

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爺ちゃん死んだが

爺ちゃん死んで、今日納棺と葬式があった。
今回は2年前くらいの婆ちゃんの葬式の時と、大分感覚が違くておもろいなって感じた。

すごい、なんとなくだけど
子供が産まれて、スタート切ったばっかのピカピカの命を世話して間近で見続けてるし、「順番」ていうのが、めっちゃ腹落ちしてる。

「順番」で死ぬのはあんまし怖ないなって感じた。
死に顔見たとて、「そりゃそうだよなぁ」てなった。

前までめちゃくちゃあった
「みんなどんどん死んでくの悲しすぎる。親も友達もいつかみんな死ぬの怖いし寂しすぎる。」
みたいな感覚がほぼ無くて、「順番やな」と感じるようになっているなと自分に対して思った。

当たり前に上の世代は死ぬし、自分の世代も死ぬし。
とはいえ、そこから下の世代も繋がってくし。

最近は子供生まれてから強制的に下に意識を割かれてるのもあるんかも。
下の世代の人を育てるのにバタバタしてるし、上の世代の人が死んで悲しんで落ち込んでる暇はねーよな。みたいな。

そこら辺も相まって、全体的に最近の意識って未来に寄ってる感じがある。

なんとなく希望を感じる。

「順番で死ぬ」のはそんなに怖くない事なんやな。って自分の感じ方に変化が入ってるのが、めっちゃ面白いなと今回は感じた。

最近は自分の意識の重心がめっちゃ未来にかかっている。過去とか喪失に引っ張られすぎていない。

命の流れを感じる。
自分もそこに組み込まれているという明らかな体感がある。